鬼宮 フォトエッセイ対訳(2)―ユクソンジェ主演―株式会社コンテンツリー刊

p4-5
企画意図
「私たちは伝統が良いだのなんだのと言いながらも、実はとてつもない世界観を捨ててしまっているではありませんか。物一つ、食べ物一つにも神的な意味を与えること以上に、生命への尊重があるでしょうか。生命として生命を大切に思い、神はいるのだと考え、その神を相応に敬っていたなら、どうして非人間的になどなりえるでしょう。」
― 書籍『万神(マンシン) キム・グムファ』より
遠い昔、この地の人々は岩一つ、木一つ、小さな動物一つにも神性が宿っていると考え、ぞんざいに扱わなかった。
万物のうち、人間だけが最も優越な存在であると考えるほど、傲慢でもななかった。
それゆえ、小さなもの一つもみだりに折ったり壊したりしなかった。
全ての生命を大切にし、また尊重したのである。
科学の力ばかりが崇められる今となっては、遠い夢のような、伝説の中の物語のようだ。
より多く手に入れようとする傲慢で不遜な人間の欲望によって、生態系がむごたらしく破壊され、このまま皆が共に滅亡の道を歩むことになるのではないかとの絶望にかられる時代であるがゆえに、なおさらそう思う。
しかし、それでもなお、人間が破壊したこの大地の上で、希望もまた人間の内から見出されるべきではないだろうか。
自身の欲望のためならば、信じがたいほど残忍になれるのが人間とはいえ、他人のために崇高な犠牲と愛を差し出せるのも、また人間であるからだ。
このドラマは、野史に登場する様々なお化けが登場する悪魔祓いの物語であると同時に、龍になれなかった悪神カンチョリと巫女ヨリの愛の物語である。
そしてまた、人間をひどく憎んでいたイムギ(大蛇)のカンチョリが、どこまでも自分を犠牲にする巫女と、悲劇的な家族史に苦しみながら超人的な努力を傾け、ひたすら民を思う王の生き方に感動し、すすんで人間を救い出す物語である。
つまりは、再び人間の中から希望を見出すという物語を、伝えようとするものである。
