遊んでくれる彼女 フォトエッセイ対訳(1)

遊んでくれる女 Photo Essay
My Sweet Mobster
SLL 著
凡例
1.本書は、JTBCドラマ『遊んでくれる彼女』の映像物をもとに、原作の台本の台詞を踏襲しています。
2.企画意図と登場人物紹介に掲載された内容は、脚本家ナ・ギョンのあらすじから抜粋しました。
3.ドラマの雰囲気と台詞を活かすため、韓国語表記体系の原則に依拠しない箇所が含まれています。
4.本書に掲載されている主な人物に関して、当事者と意思疎通を図り、肖像権者の同意を得ました。
ただし、編集上の理由でやむを得ず解決できなかった箇所については、肖像権が確認され次第、適法な手続きを執ります。
p4-5
[企画意図]
友達は選んで付き合いなさい。
子どもの頃からよく聞かされた言葉。墨に染まれば黒くなり、朱に交われば赤くなるので、カラスはカラス同士、シラサギはシラサギ同士で付き合うようにと。
ただ問題は、同じ色の羽を持つ鳥だけを集めたら、自分の羽の色こそが正しいと思うようになるということ。自分の羽の色が他の羽の色よりも優れていて、より美しく、より正しいというふうに。
このドラマは、カラスの遊び場にシラサギが交わることから始まる物語である。はじめはシラサギも、カラスに慣れておらず怖かった。頭からつま先まで真っ黒なだけでなく、カーカーと鳴く声も不吉に感じた。何より、人々はカラスを見ると、悪いことが起こると言うではないか。
だが、近くで見るカラスの羽の色は、単に真っ黒なのではなく、紫色と緑色が混ざったものだった。カーカーという鳴き声も、危険を知らせ、協力するための彼らだけの合図だった。物忘れする人を「カラスの肉でも食べたのか」とからかうことわざとは異なり、カラスは頭もかなり良かった。人間社会への適応力も、どの鳥よりも優れていた。
シラサギは次第にカラスの黒い羽を、それ自体の個性として受け入れるようになった。そして、自分にも黒い羽があることを告白するようになった。
考えてみたら、世の中は黒と白できっぱり分かれたりしない。私たちは皆、少しずつ白くもあり、黒くもある。より白く、より黒いからといって、どちらが正常でどちらが非正常かを分けることもできない。
それなのに、無知によって生じる偏見は、相手をきちんと知ろうともせず、烙印を押す。
あの人は黒い、あの人は間違っている。
そうやって我と彼を区別する。
私はこのドラマが、羽の色が異なっても、一緒に交わって遊ぶ上で何の障害にもならないことを示すドラマになるよう願っている。
差別したり嫌悪するのではなく、共感し、理解しあう世界になることを願っている。
そんな世界であれば、カラスとシラサギも、何の偏見もなく互いを愛することだろう。
